4.春秋(東周)
首都は洛邑。
洛邑は後に洛陽になる。
春秋の名は孔子の著作、魯の国の年代記から取ったということだが、
他にも「春秋」という書物はあり、一般に「歴史書」という意味らしい。
周が都を鎬京から洛邑に変えた時の話は有名だ。
周の幽王の夫人は笑わない人で、
ある日たまたま敵が攻めてきた合図の狼煙を間違って上げてしまい、
駆けつけた将軍たちが混乱しがっくりするのを見て、初めて笑ったので、
幽王が調子に乗って何度もそれをやり、
本当に西の異民族犬戎(けんじゅう)が攻めてきた時には誰も来なかった、
という、狼少年的な逸話である。
周が東に逃げてからは分裂期に入るのだが、
前に書いたように、このあたりまでは国境があやふやで、
山菜を採りに行った女の子たちが、隣の同様の団体といさかいになり、
ここはあたしたちのものよ、ってんで戦争になったこともある。
大雑把に勢力図を言うと、
北の晋、南の楚が二大国で、東に東夷を吸収した強国斉があり、
燕は遠くて蚊帳の外、宋や魯のような小国が間にいる、というところか。
西は?
洛邑で即位した平王は、故地の鎬京付近に功臣を封じる、
というより、もう物騒だからおまえが治めろ、というわけだが、
その臣下は、犬戎と戦いながら一体化して強国となる。
秦の登場だ。
周はどんどん弱体化して、部下と戦って負けたりするが、
(第二次長州征伐で幕府が負けたようなもの)
それでもまだ権威はあったので、諸侯は臣下のナンバーワンを競い合った。
これが尊王攘夷(日本のそれは「尊皇攘夷」)で、
周王に忠誠を誓い異民族を打倒する、という公爵たちの気概である。
その代表が「覇者」で、覇者の条件としては、
①当然、国が繁栄していて周りから敬意をもって見られている。
②諸侯を集めて会議を開き、周王に忠誠を誓わせる。(「会盟」という)
③会盟に参加しない国を征伐できる強い軍隊を持つ。
というもので、これを満たしたのは「斉の桓公」と「晋の文公」のみ。
いわゆる「春秋の五覇」など存在しない。
春秋の五覇に楚の荘王を挙げる人がいるが、
楚はもともと長江周辺にあった外国であり、周の配下ではない。
周が強かったから臣従していただけだ。
自ら王を名乗っているのに尊王はおかしいし、
攘夷も何も、あんたが夷やないかい、と関西人ならツッコむだろう。
さて春秋末期に、長江河口付近に突如、呉と越という強国が現われる。
これは、中国ではこの付近から鉄製武器の使用が始まった、ということで、
春秋は、晋の分裂によって戦国になるが、それはただの境界で、
人を切ること布を切るが如しと言われた鉄の武器が、ここで登場する。
(ただし秦までは青銅の武器が主流)
[鉄Fe]
原子番号26、密度7.87
鉄製武器はヒッタイトの国家機密だった。
その後スキタイ→騎馬民族→中国と、殷代には伝わっていた。
初期は出来が悪く、悪金と呼ばれたが、
春秋の末期に製鉄技術の進歩があり、それが戦国に繋がった。
書いたように、キレ味が全然違うのだが、
仮に同じキレ味だとしても、密度8.96の銅の方が重い。
日本には、青銅器とほぼ同じ頃に伝わったのだが、
日本人も、最初は扱うのに苦労したようだ。
でも、そこは日本人、世界一のキレを持つ日本刀を作り出し、
倭寇によって、倭刀として中国に逆輸入される。
逆に全く製鉄が伝わらなかったのがアメリカで、
コルテスピサロにあっさり虐殺されたのも、鉄がなかったからだ。
ついでだが、
私の知る限り、史上最高のキレ味は、菊一文字でもマサムネでもない。
印刷屋さんの断裁機の刃である。(本の横の面をカットする機械)
どこかで見かけても触るなよ、手も指も一瞬でズタズタになるぞ。
『矛盾』
「韓非子」の文より。
「この鉄製の矛の鋭きこと、どんな青銅製の盾も貫けぬものはない」
「この鉄製の盾の堅きこと、どんな青銅製の矛も貫くことはできない」
「あなたの矛であなたの盾を突いたら如何?」
「鉄対鉄は想定していない」
「ぐぬぬ・・」
『臥薪嘗胆』
復讐あるいは巻き返しのために、敢えて苦労をすること。
縁起が悪いが、浪人生の合言葉だ。
呉王闔閭(こうりょ)が越王勾践(こうせん)に敗死したので、
その子の呉王夫差(ふさ)は毎晩薪の上で寝て復讐心を研ぎ澄まし、
後に越に勝って覇者への道を進むが、
負けた勾践も毎日苦い胆を嘗めて復讐を誓い、後に呉を滅ぼした。
その逸話による。
『呉越同舟』
仲の悪い人たちが同じ場所にいること。
さらに、同じ目的で力を合わせていること。
臥薪嘗胆の逸話に見るように、呉の人と越の人はもともと仲が悪い。
でも呉と越は、中国には珍しく海に面しているし長江もあるので、
同じ舟に乗れば協力し合わないと自分らの命が危ない、ということ。
(長江は川だから、とバカにはできない、ワニもいる)